天草の山々 天草町 五足の靴、文学遊歩道
明治の終わり頃に名だたる詩人たちが歩いた道を辿ってみました。
交通アクセス
本渡市から海岸線の風景を楽しみながら国道324号から389号を経由、西海岸の海を眺めて
下田温泉へ、
下田大橋を過ぎ、本渡から直行ル−トの旧有料道路と出合った、そのすぐ先が遊歩道入口です。
案内板もちゃんとあります。

駐車場完備、トイレは簡易トイレですから、手前のホテルか町の公衆トイレを利用させて貰った方
がいいかもね。

では詩人の足跡を3.2Kmの半分だけ辿りましょう。
椿の向こうに
つばき
山道の向こうには、海
いいよう!!!
国道の向こうに海
遊歩道入口の丸太段です。
コ−スは良く整備されています。
石段は、元々の露岩を切り取って
作ってあります、すごい。
途中には、同好の士による俳句碑もありました
標識、休憩所、展望台も完備
山道、やまみち♪♪
山道を抜けると
「五足の靴」について

明治40年7月30日から8月17日まで、新詩社主宰の与謝野 寛、北原 白秋、吉井 勇、木下 杢太郎、
平野 万里の五人が、九州旅行をした時、交互に執筆し、東京の26新聞に発表した紀行文の題名が
五足の靴である。

天草には、8月8日長崎県茂木港から富岡に渡り一泊し、
翌9日富岡から大江まで約32Kmの峻険な山道を歩いた。
その夜は大江の宿(現高砂屋)に一泊、翌10日大江教会司祭ガルニエ神父を訪ね、
異国の辺地で神の教えを説き、弱者を助けて質素な生活を送っている神父の生き方に
深い感銘を受けた。
午後汽船で牛深に着き、今津屋に泊まり、翌11日早朝4時半の三角港行きの汽船に乗り
天草の旅を終わった。

その後、五人の文学活動は翌々月の明星10月号から噴出するように展開された。
寛は「みやびを」、白秋は「天草雅下」「邪宗門秘曲」、杢太郎「天草組」、勇「悲しき海」、万里「領巾振山」。などなど
その後の作品群は、キリシタンの歴史、キリシタンの語彙など異国情緒を漂わせ、いわゆる南蛮文学の
発祥であり新しい日本文学の展開となった。

こうした経緯を考察すれば、五足の靴一行の九州紀行の中核となったのは天草であったと言える

                      天草歴史研究家 濱名 志松著から
東シナ海を眺めて

手前は国民宿舎
そして、海
つばき
文学遊歩道は3.2Km、今回は半分だけ楽しんで。
後半分は次回のお楽しみに取って置きました。
残りコ−スは浜に下り、キツイ坂道を登ります。

今回所要時間はイッパイの休憩を取って1時間でした。

気持ちいい汗をかいたら、天草唯一の天然温泉
下田温泉へジャボン。

          いい湯だな、アハッ♪
天草の山々
夢ほたる 露天風呂